日本の良いもの・美しいもの
花鳥風月日記
◆この文章は、「ラシサ」2000年8月号に掲載されたものです。
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葉月 (八月)
夏のしつらい
文・イラスト HANA


心で感じる温度

 『夏炉冬扇(かろとうせん)』という言葉がありますね。夏のいろり、冬の扇のように、時節はずれで役に立たない、無用なもののたとえです。 

 我が家では恥ずかしながら、梅雨のはじめ頃まで『夏炉』が、茶の間の片隅に鎮座しておりました。使い切らない石油がタンクに残ったまま、しまうにしまえなくなってしまったストーブです。「もう一回くらい使うかな」と思ううち、日に日に暖かくなり、ますます使う機会がなくなり、どうしようもなくなっていたのです。

 このストーブは、レトロな丸ストーブで、小さめで色もモスグリーンだし、和室においてあっても違和感はありません。『ここに置いといてもじゃまにはならないし、いいんじゃないの』と夫は言いましたが、私としては、いくらじゃまにはならないといっても『冬のもの』であるところのストーブを、夏に出しておくのは我慢できず、雨が続いた時に洗濯物を乾かすために使い、ようやく石油を使い切って、やっとしまうことができました。

 火が点いてさえいなければ、ストーブは部屋の温度を上げるわけではないのですから、夏に茶の間においてあっても、全く問題はないはずなのですが・・・。

思うに、人には肌で感じる温度とは別に、心で感じる温度というようなものがあるのではないでしょうか。それは習慣や過去の記憶や体験に基づく条件反射のようなものなのかもしれませんが、暖かそうな物を見たり想像しただけで暖かく感じ、涼しげなものがあるだけで、涼しげな気分になれるというわけです。

昔の日本人はそれをうまく利用して、物理的に温度を下げる工夫とともに、視覚をはじめ五感をフルに利用して、いろいろと涼しげな演出を考え出してきたのでしょうね。たとえば風鈴の音などは、たとえ自分のいるところまで風が届いて来なくとも、リんと言う音が聞こえるだけで、涼しい感じがするものです。

日本の夏といえば?

四季それぞれの季節を代表する風物ということで、まっさきに頭に浮かんでくるのは、春には桜、秋には紅葉、冬には雪という自然現象ですが、、それらに匹敵するような、夏を象徴するものというのはちょっと思い当たりません。

朝顔、ひまわりなどの植物も夏らしいことは夏らしいのですが、桜や紅葉ほどのインパクトはなく「夏を代表する」とまではいきません。それよりも、いかにも夏らしいという気がするのは、簾(すだれ)、よしず、団扇、浴衣、風鈴など、涼しげに暮らすためのさまざまな「しつらい」です。

冷暖房のなかった昔でも寒さについては、火を起こし、暖かいものを食べ、衣服を重ね着するなどでなんとかしのげたのでしょうが、暑さは風をおこしたり日陰をつくったりしたところでそれほど温度を下げることはできないので、せめて見た目や感覚で「涼しい気分」を演出しようとあれこれ重ねてきた苦心の成果なのでしょう。

エアコンで温度を自由にコントロールできるるようになり、季節感が失われつつある現代になっても、それらのものがまだまだたくさん残っているということは、それがたいへん優れているということなのだと思います。

京町家の夏

 暑さの厳しい京都の町家では今でも「建具替え(たてぐがえ)」という習慣が残されているそうです。障子やふすまを取り払い、簀戸(すど)や簾など夏用の夏建具(なつたてぐ)に取り替えます。衣替えと同じ六月一日にするのが本来の風習です。簀戸とは簾を戸に仕立てもので、材料によって葦戸、萩戸などと呼ぶこともあります。坪庭を設けることで風通しをよくし、さらに打水をすることによって温度差をつくり、風を起こします。簾や簀戸ごしに見ると、庭の緑はよけいに涼しげに見えることでしょう。これぞ「夏のしつらい」といえるでしょう。

 ここまで徹底することは、今の住宅事情では無理なことですが、簾ひとつかけるだけでも、だいぶ雰囲気が変わります。簾というのは日よけになり目隠しにもなり、しかし完全に視界を遮るのではなく、簾ごしの風景を楽しめる。通風性もある。窓の外にかけるだけでなく、家の中に使って間仕切りにもなる。じゃまなときは巻き上げておくこともできる。しかも簡単に手に入り、取り付け取り外しも簡単。とても便利で、しかも風情もある優れものです。

夏の衣食住

 他に、私が面白いと思った「日本の夏らしい演出」の例をひとつご紹介しますと、それは料理の盛り付け方です。日本料理で「杉盛(すぎもり)」という盛り付け方があるそうです。細作りにした魚などを杉の木のように小高く盛り上げる方法ですが、このやり方も夏と冬とではちょっと違うのだそうです。夏は冬よりも高く盛り上げて皿の余白の部分を多くします。余白が多いほうがスッキリして、清涼感があるというのです。

そういえば、茶道でも夏用の茶碗と冬用の茶碗があります。(お茶は子供の頃に少し習っていただけなので、うろ覚えなので、間違っていたらすみません)冬用の茶碗は筒型で厚手、夏用は薄手で平たく口のほうが広がっている平茶碗。お茶が冷めやすい、冷めにくいという理由もあると思いますが、見た目にも確かに平茶碗のほうが涼しげです。

和服に関していうと、夏の着物は初夏には単(ひとえ)の透けないもの、盛夏には絽(ろ)や紗(しゃ)などの薄物で帯も夏用のものとなっています。絽や紗は縦糸と横糸をからませて透き目を作った織物で、軽くて肌触りもさらっとしています。そして色や模様も涼しげなものを着るというのも夏の着物の大事なポイントです。着ている人が涼しく、周りの人にも清涼感を与えるという心配りでしょう。

 衣替えは、学校など制服のあるところでは今でも行われていますが、「衣」のみならず「食」「住」のあらゆる場面できっちりと行われていたのですね。

究極の納涼?

蒸し暑く不快な季節ですが、発想を転換して、夏こそ日本情緒をたっぷり味わえる一年中で一番楽しい季節なのだと考えてみてはどうでしょうか。冷房のスイッチを入れる前に、ちょっと考えて家の中でなにかもう一工夫できることはないか探してみましょう。

私などは、歳時記を開いて、「青簾、花茣蓙、日傘、浴衣、納涼、端居、打水、花火、風鈴、水中花・・・」などという季語を眺めているだけで、うっとりと涼しげな気分になってきます。お手軽でしょう?

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